mayu's story~生い立ち編

写真1ある晩夏のクソ暑い午後、 神奈川県鎌倉市に女児が誕生した。当初「マヤ」という名前が候補に上がっていたらしいが、祖母が「マヤは聖書に出て来る悪い女」と指摘した事により「万由子」と名付けられる。もちろん名付け親は祖母である。三、五、三。字画もバッチリだ。こうして万由子はすばらしい運気を味方につけて、意気揚々と人生の大海原へと漕ぎ出したのである。

気が弱いのか、強いのか。いつもオドオド、ビクビクしているクセに、自分が納得しないことにはテコでも動かない。幼稚園児の頃から登校拒否は当たり前。得意技は「ダンマリ」。イヤなことはイヤなのだ。説明も言い訳もいらない。大人にしてみれば典型的なクソガキだろうが、幸いに学校は幼稚園、小、中、高とエスカレーターなので、別に主だった性格改善の必要性もなく幼児はやがて美しい少女へと成長してゆく。

写真2ここで付け加えておくが、決して万由子は悪童ではなかった。家の手伝いもよくするし、勉学にも励んだ。中でもとりわけ動物の面倒はよくみたものだ。万由子の家では常に犬を飼っていた。犬以外にもアヒル、うさぎ、にわとり、カメ、インコ、モルモット、金魚や鯉、カエルなど、様々な連中が居をともにしていたのである。持ち前の優しさはこんなところで育まれたのかもしれない。

しかし、全てが順調に思えた平凡な毎日に、突然巨大な隕石が激突したのである。それは万由子、12歳のある日のこと。文字どおり巨大な石、、、ロックと出逢ってしまったのだ。突破口はJAPANだった。明けても暮れてもJAPAN浸け。他に何もいらない、何もない。音楽、音楽、音楽。片っ端から音楽誌を読みあさり、レコ−ド屋に入り浸っては「ねぇ、お金ないんだけどぉー。このレコード、メチャ聴きたぁーい」などと店員をたぶらかしては、テープを作ってもらう。音楽への中毒はヒドくなるばかり。そして深まるロックへの熱情は、万由子をパティ・スミスへと導いたのだ。

写真3それまで空洞だった頭蓋骨のくぼみに、目玉がピッタリとハマり込んだような衝撃と共に、少女は己の欲求を抑圧することを放棄した。やりたい放題だ。人はそれを「非行」と称するのだろうか。けれど本人にしてみれば、それはセンセーショナルな「飛行」だった。実際、すばらしくハイな時期だった。

ハイの後にはローが来る(嗚呼、水戸黄門の歌が聞こえるー!)。自業自得の末、やむおえず16歳で学校を後にすると、無敵なはずの人生がとても心細いものになってしまった。やりがいや目的を持つ事の大切さを知る。そこで思い立ったのが、専門学校。映画の専門学校に入学。とたんに無期懲役だったのが、執行猶予を与えられたような気になり、ふたたび遊んでばかりの日々が訪れる。そして楽しい時間は矢のごとく過ぎ、卒業の日がやって来た。エスカレーター式の学校のためか、16で退学したためか、これが初めての「卒業」となる。感動。けれど卒業=リターン・オブ・ザ・現実なのだ。地道に努力をしていた連中は就職先へと消えていった。またしても途方に暮れる。

とりあえずは金を稼がねばならない。種々様々なアルバイトに手を染める。その一つがモデルだった(きゃー、恥ずかしい!)。ある時、企業のプロモーション・ビデオに出演。その折、相方を努めてくれたのが某有名ナレーターのW.S.氏。彼は親切にも万由子の将来を心配してくれた。「せっかく英語もしゃべれるのに」と彼は何かを思い付いた様子だった。ちなみに万由子が退学するまで通っていた学校は横浜にあるインターナショナル・スクール。つまり流行りのバイリンギャルっつーヤツね。

幸運はその後間もなくやって来た。先のW.S.氏から電話がかかって来た。「今度、新しいFM局が開局するんだ。そのプレゼンテーション用に番組を収録するから見学に来ないか」ヒマだし、断る理由は何もない。ノコノコ出掛けて行った万由子はそこでBAY FMのプロデューサーと出逢う。そして適当なハッタリをカマして、まんまと仕事をゲットした。

写真4「よっしゃーッ!ツキが回ってきたぞ。これから忙しくなりそうだ。」しばらく遊べないかもしれん、ってんで親友と大阪へ小旅行に出た。理由は分からない。ただそこに占師がいたのだ。姓名判断の結果「もっと良い字画がある」ことを告げられる。長年連れ添った名前を変えたくはない。でも欲もある。どーしよう。だったら名前の響きはそのまま残して、字だけを変えればいい。「ねぇ、お金ないのー。でもいいい名前が欲しいのー。おねがい、おねがい。何か考えてぇー。」占師におねだりして手に入れたのが「万由香」という名前だ。もちろん、タダ。1989、夏のことである。

それから今日に至るまで、泣いたり笑ったり、FMラジオ・パーソナリティという蓑をまとい、日々転がり続けている。さて、何故こんなチャランポランな娘が何年もの歳月をくじけずにやってこられたのか。一番にはアガリ症だからだ。どんなに場数を踏んでも決して慣れることがない。常にスリルと初心がそこにあるのだ。

気が弱いのか、強いのか。マユコのハイ&ローな絶叫人生はいつも刺激に満ちている。

そして現在…

写真5しばらく「守乃ブナ」という名前で活動していたこともあり、一部では「ブナちゃん」、また一部では「ブナ万」と呼ばれることも。故に少なからずの混乱を招くことに恐縮しつつ、どれも紛れもない自分として、皆様の暖かいご理解に支えられながら前進あるのみです。

FUTURE IS UNWRITTEN。ジョー・ストラマーの言葉。この先どうなるのかわからない。わからないからこそ、どうにでもできるはず。



メールはこちらからどうぞ
© Copyright 2010 morinobuna.com All Rights Reserved.